元活字中毒主婦の身辺雑記

日常の細々したことなど。

体罰のこと

体罰は必要、という人が不思議。穏やかに言葉で説明されて同意できないことに、叩かれたり蹴られたりしたら同意するのは、人として恥だと思って生きてきた。そういうことをせずに生きていけるようになるのが大人になることだと思って生きてきた。私の父は情緒的には5歳児のような人だったので、父の意に添わないことをしでかして殴られることは多々あったけど、小さな頃から一歩もひかず、しばしば母が泣きながら仲裁にはいったものだ。お母さん、ごめん。父のことは全般的には嫌いじゃないけれど、自分の気持ちのコントロールができないところは困った人だと思っていたし今も思っている。自分にもその血が流れてるんだから気をつけようと思っている。殴られたことが私にとってプラスだったとかあれは愛の鞭だったとかはこれっぽっちも思わない。まあ暴力を人一倍憎むようになったところはプラスかもしれないな。

 

小学校から高校にかけて、時に体罰を容認する教師に出会った。「あえて叩いているんだ」とか「愛の鞭」とかいうけれど、どうみても教える技術や指導力がないから手っ取り早く体罰をするだけだとしか思えなかった。どんな時に体罰をふるうのかという一貫性はなく気分まかせな人が多かったし、中には体罰をふるうことを楽しんでいるんじゃないかと思えるクズもいた。一部生徒がそういう教師を慕うのを見て(犬どもが)と軽蔑してたっけ。体罰は教育の一環では決してなくただの暴力に過ぎない。人から暴力を受けるってかなり屈辱的だが、体罰必要派の人はそういう感情がないのか? とても不思議。