元活字中毒主婦の身辺雑記

日常の細々したことなど。

いいお母さんじゃなかった

知人数人と雑談をしている時、話の流れで「私は、いいお母さんじゃなかった…」と言ったら、そのうちの一人が「そんなこというのやめてよ!…私だっていいお母さんじゃない…」と小さく悲鳴のような声を上げたので驚いた。その人のことを「すごいお母さん」と思っていたから。私だけじゃないんだな、こんな人でも思うんだな、と意外だった。

 

自分が結婚するとは全然思ってなかったし、まして子供を産むなんて想像したこともなかった。無責任な話だが、なんだか成り行きで結婚して、二人の子を産んで、今はどちらも成人している。私のようなぽんこつな母親の元で、なんとかここまで育ってくれたことは本当に奇跡で、無神論者だけど「神様、ありがとうございます」と何かに額づきたい気分になる。

 

そんな私なので、自信満々に子育てや人生を語る人を見ると、どこからその自信が湧いてくるのか不思議だし(子供はどう思っているのだろう)と他人事ながら心配になる。

 

先日、西原理恵子と娘の確執が話題になっていた。元々無頼派で売っていた人が家族ほのぼの路線をやるのが無理な話で、金に困っているわけでもないのに、なぜ途中でやめなかったのだろう。「金がないのは首がないのと同じ」が口癖の人だから、貧乏への恐怖感が人一倍強かったのかな。まるで自傷行為のように自分を切り売りしていた延長で、家族も切り売りしてしまったんだろうか。「子供に干渉しない」と言うわりに、自分と子供の境界があいまいなのが物哀しい。

 

実父はアル中、義父はギャンブル狂で借金作って自殺という家庭環境で育った人と、幼い頃から経済的に困ったことがなく文化資本に恵まれた娘では、価値観も違うし親子関係に求めるものも違うだろう。そう思うと簡単に「毒親」という気になれない。

 

西原理恵子の娘のブログを読んだら亡き父親を今でも慕っているようで、鴨志田氏は良い時に死んだなと、ひどいことを思ってしまった。というのは、私の父もアルコール依存症だったのだが若死はしなかったので、酔った父に罵倒されたり殴られた叩かれたりした記憶がはっきり残っているからだ。(殴られたことがなかったわけじゃないが、基本平手だったので訂正)

 

父に対する想いは複雑だ。若い頃のつまずきから立ち直れないまま、どこか拗ねた感じで生涯を終えた父。父が一番荒れていた頃と子供時代が重なっていたせいで、私は子供三人の中で、一番叩かれた。年が離れた下の弟はそんな目にあったこともなく「お父さんは優しいとこもあって好きだった。登山靴を買ってもらって嬉しかったことや、山で疲れて歩けなくなった時、おんぶしてくれたことを覚えている」などと言うので、少し羨ましい気がする。

 

自分が老人になりつつある今は、母親から溺愛され束縛されたせいで、あんなふうになったのかな…と可哀想に思ったり、あの性格でよくぞ定年まで勤め上げたもんだ、やっぱり子供や妻への責任感ゆえかなと考えたり。父のことを親としてではなく他者として見ることが多くなった。西原の娘さんも、いつか親の呪縛から自由になって楽になる日がきますように。

 

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この間、実家に帰って雑談していたら、上の弟から「姉ちゃんはファザコンやから」と言われた。そう、捩じくれたファザコンだと自覚している。ブログに何度も父のことを書いているしなあ。拾い出したらめちゃ何度も書いてた…。

 

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