東京国立博物館で顔真卿展があっているという記事を読みました。
中国の著名書家「顔真卿」の日本展が中国で炎上している理由 | News&Analysis | ダイヤモンド・オンライン
見出しはいかがなものかと思いますが、内容は興味深かったです。この記事を読んでいたら「青玉獅子香炉」のことを思い出したので、再読しました。1968年に直木賞を受賞した作品です。
「工芸品店の主人、王福生は、玉の彫刻では名人と言われる人物で、いつか後世に残る作品を作りたいという悲願を持っていた。1923年(大正12年)の春、顔見知りの宦官が香炉の写真を持って店を訪れ、これと同じ物を作って欲しいと言う。廃帝溥儀の所蔵品をアメリカ人に横流ししたところ、露見しそうで困っているのだ。今こそ念願が叶うと依頼を受けた王福生だが、病に倒れてしまう。そこで弟子の李同源に自分に代わって作るよう頼み…」という話。
ある意味、「キモくて金のないおっさん」の話です。李同源は、店主の亡き息子の妻、美貌の素英にひそかに想いを寄せています。「私が、夜に玉を抱き、仕事中は側に座ります」という彼女の言葉が決め手となり、香炉作りを引き受けるのです。作成中、(人の膚の精を玉に吸わせるのだと師匠は言っていたが、精を吸うのは製作者の心で、玉はそれを写し出すに過ぎない)と思う李同源。自分のすべてを賭けて香炉を作り上げます。
王福生の死後、李同源は素英の紹介で紫禁城の収蔵品を精査する仕事につき、時代の流れの中、故宮博物院勤務となります。そして、ただひたすら自分が作った香炉に関心を寄せて生きていきます。嫌悪していた上司が素英と結婚して成り上がり「名より実をとる時代がきた」と言うのに対し、「私には名も実もない」と答える李同源。彼の眼中には青玉獅子香炉しかないのです。
中国の動乱とともに数奇な運命をたどる贋作の香炉と、その作り主の物語は、今読んでもとても面白かったです。私は歴史小説を読まないため、陳舜臣はミステリー作家のように思っていました。読み返してみて、その日本語の美しさ、歴史に関する知識の深さに驚きます。陳舜臣は神戸生まれの神戸育ちで、日本で教育を受けた人物だそうです。解説の足立巻一氏は、ふだん中国人を感じさせるところがない陳氏だが、やはり中国の大人(ターレン)だと思うと述べ、直木賞や大佛次郎賞での祝賀会や講演会に華僑の人々が多く集まり、日本人の影が薄くて驚いた思い出話なども披露しています。
この時代の日本在住の華僑について興味が湧いてきました。そういえば「金儲けの神様」と言われていた邱永漢氏や、TVドラマ「まんぷく」のモデル安藤百福氏なども華僑なのですよね。
残念ながら現在、「青玉獅子香炉」は絶版のようです。作中、故宮博物院の文物が戦火を避けて中国大陸を転々とし、最後には台湾へと運ばれる様が詳しく描かれています。子供の頃に読んだ際は、ほとんど読み飛ばしていましたが、再読してみると、こっちのほうが本筋ではないか、と思うほどおもしろいです。
なお、表題作の他に四篇が収録されています。残酷な話もあるのですが、さほど陰惨な印象を受けません。
陳舜臣が生んだ探偵といえば、陶展文。父が推理小説を好んでいて家に何冊もあり、私も夢中になって読みました。今は新刊で入手できないようで残念です。このアンソロジーは未読ですが、懐かしい名前が並んでいます。
この記事を書いた後、古書店で購入して読みました。密室物ばかり収録された短編集。描かれている時代や趣向の多彩さが楽しいです。表題作の「方壺園」は、文才あるものへの嫉妬を描いた話。版を変え、現在も流通しています。(2019.3.16 追記)