元活字中毒主婦の身辺雑記

日常の細々したことなど。

「青玉獅子香炉」(陳舜臣)*読書日記11

東京国立博物館顔真卿展があっているという記事を読みました。

 

中国の著名書家「顔真卿」の日本展が中国で炎上している理由 | News&Analysis | ダイヤモンド・オンライン

 

見出しはいかがなものかと思いますが、内容は興味深かったです。この記事を読んでいたら「青玉獅子香炉」のことを思い出したので、再読しました。1968年に直木賞を受賞した作品です。

 

「工芸品店の主人、王福生は、玉の彫刻では名人と言われる人物で、いつか後世に残る作品を作りたいという悲願を持っていた。1923年(大正12年)の春、顔見知りの宦官が香炉の写真を持って店を訪れ、これと同じ物を作って欲しいと言う。廃帝溥儀の所蔵品をアメリカ人に横流ししたところ、露見しそうで困っているのだ。今こそ念願が叶うと依頼を受けた王福生だが、病に倒れてしまう。そこで弟子の李同源に自分に代わって作るよう頼み…」という話。

 

ある意味、「キモくて金のないおっさん」の話です。李同源は、店主の亡き息子の妻、美貌の素英にひそかに想いを寄せています。「私が、夜に玉を抱き、仕事中は側に座ります」という彼女の言葉が決め手となり、香炉作りを引き受けるのです。作成中、(人の膚の精を玉に吸わせるのだと師匠は言っていたが、精を吸うのは製作者の心で、玉はそれを写し出すに過ぎない)と思う李同源。自分のすべてを賭けて香炉を作り上げます。

 

福生の死後、李同源は素英の紹介で紫禁城の収蔵品を精査する仕事につき、時代の流れの中、故宮博物院勤務となります。そして、ただひたすら自分が作った香炉に関心を寄せて生きていきます。嫌悪していた上司が素英と結婚して成り上がり「名より実をとる時代がきた」と言うのに対し、「私には名も実もない」と答える李同源。彼の眼中には青玉獅子香炉しかないのです。

 

中国の動乱とともに数奇な運命をたどる贋作の香炉と、その作り主の物語は、今読んでもとても面白かったです。私は歴史小説を読まないため、陳舜臣はミステリー作家のように思っていました。読み返してみて、その日本語の美しさ、歴史に関する知識の深さに驚きます。陳舜臣は神戸生まれの神戸育ちで、日本で教育を受けた人物だそうです。解説の足立巻一氏は、ふだん中国人を感じさせるところがない陳氏だが、やはり中国の大人(ターレン)だと思うと述べ、直木賞大佛次郎賞での祝賀会や講演会に華僑の人々が多く集まり、日本人の影が薄くて驚いた思い出話なども披露しています。

 

この時代の日本在住の華僑について興味が湧いてきました。そういえば「金儲けの神様」と言われていた邱永漢氏や、TVドラマ「まんぷく」のモデル安藤百福氏なども華僑なのですよね。

 

青玉獅子香炉 (1977年) (文春文庫)

青玉獅子香炉 (1977年) (文春文庫)

 

 

残念ながら現在、「青玉獅子香炉」は絶版のようです。作中、故宮博物院の文物が戦火を避けて中国大陸を転々とし、最後には台湾へと運ばれる様が詳しく描かれています。子供の頃に読んだ際は、ほとんど読み飛ばしていましたが、再読してみると、こっちのほうが本筋ではないか、と思うほどおもしろいです。

 

なお、表題作の他に四篇が収録されています。残酷な話もあるのですが、さほど陰惨な印象を受けません。

 

 

陳舜臣が生んだ探偵といえば、陶展文。父が推理小説を好んでいて家に何冊もあり、私も夢中になって読みました。今は新刊で入手できないようで残念です。このアンソロジーは未読ですが、懐かしい名前が並んでいます。

 

 

方壷園 (ちくま文庫)

方壷園 (ちくま文庫)

 

 

この記事を書いた後、古書店で購入して読みました。密室物ばかり収録された短編集。描かれている時代や趣向の多彩さが楽しいです。表題作の「方壺園」は、文才あるものへの嫉妬を描いた話。版を変え、現在も流通しています。(2019.3.16 追記)